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「バリュー」とは 企業独自の価値を表現する

ブランディング

シリーズで進めている企業理念体系概説、今回はその2「バリュー」のお話です。
前提として、まず以下の事柄を整理しておきましょう。

■企業理念にはMVV=ミッションビジョンバリューの3要素がよく用いられる
■2002年に著書「ネクスト・ソサエティ」でMVVを提唱したのは、経営学者P.F.ドラッカー
■ミッションは使命、ビジョンは展望、バリューは価値または価値観、と邦訳される。ドラッカーによれば、これら3要素が企業の社会的正当性を示す

実はMVVに”定説”はない

実はドラッカーは「ネクスト・ソサエティ」において、MVVのそれぞれが具体的に何を指すのか、明確に定義しませんでした。このため、現在でもこの3要素の関係性については議論があります。理念を掲げる企業や、それを支援する外部機関も個々の解釈に基づいて企業理念を制定したり、編集・体系化しているため、必ずしもすべての企業でMVVの位置づけは一致していません。

ミッションがあってもバリューが明示されていない企業がありますし、MVVを使わずに社是や経営理念といった言葉で表現する企業も存在します。100社あれば100通りの理念があって当然で、そこに「唯一の正解」はないのです。
そこでこの記事では、企業理念における「バリュー」がどのような内容を指し示すのか、についてまず定義します。そしてどんなプロセスでそれを抽出するのか、実例をもとに解説していきます。

企業理念におけるバリューの位置づけ

ミッションとは何を自らの使命と考えるか、何のためにその企業は存在するのか、という最も根本的な理念です。そしてビジョンは、中・長期的な未来の時間軸のなかで「こうありたい」と設定するイメージ、あるいは具体的な目標値です。

これに対しバリューは、ミッション・ビジョンを実現していくためにその企業が社会に提供していく「独自の価値」を指します。
英語で表記した場合Valueは価値、Valuesと複数形になると価値観、と若干ニュアンスが変わります。

バリューを明示している企業はこのどちらかの意味で定義していますが、ここでは
■価値:社会に向けて「これを提供します」と示す対外的な概念
■価値観:社内で「これが大切だ」と共有する認識
と定義します。

ここに示した図は、本シリーズで頻出する「理念体系の概念図」です。このなかではバリューを、MVVにおいて「時代や環境と共に進化し、社内外に約束する独自の価値(価値観)を、具体的に示すもの」と位置づけました。
実際にそれがどういうものなのか、は企業や組織によってすべて異なるので、分かりやすく理解するために次章で事例分析を試みます。

バリューをどう抽出するか

ケーススタディ「サントピアワールド」の挑戦
どんな企業・組織にも、いま現実に存在している以上、そのバリューが必ずあります。今回ケーススタディでとりあげるのは、新潟県阿賀野市の老舗遊園地「サントピアワールド」です。
サントピアワールド 田園の中の遊園地

サントピアワールドは1976(昭和51)年4月、当時の町名を冠し「安田アイランド」としてオープンしました。田園地帯の中にまるで島(アイランド)のように姿を現したこの遊園地は、その後1998(平成10)年にサントピアワールドとしてリニューアルします。例年積雪のため12月〜3月は休園し、ゴールデンウィークや夏休みを中心に営業を続けてきました。しかし景気低迷による個人消費の落ち込み、レジャー多様化の影響などにより業績が悪化し、2011(平成)23年9月に民事再生を申請。地元企業などの支援の下で、ようやく回復しつつある途上にあったのです。
そこに降りかかったのが、2020年春から顕在化したコロナ禍でした。売上は7割以上も低迷、メンテナンス費用だけで年間3000万円の維持コストがかかっており、このままでは経営継続が不可能と判断した同社は、クラウドファンディングで広く支援を募ることを決意します。

クラウドファンディングサイト「CAMPFIRE」で、園長は次のように呼びかけました。

遊園地は、子どもたちに思い出と、家族との絆を生みます。
その温かい時間は、子どもたちの心の優しさや思いやりを育てると信じています。
そんなかけがいのない場所が、地域から失われようとしています。
私たちはこれからも、お客さまに喜んでもらうためのチャレンジを続けていきたい。
地域のために努力を続けていきたい。だから、どうかそのチャンスをください。
サントピアワールドに思い出のあるみなさま、
そしてこの思いに賛同してくださるみなさま、
私たちに、再び立ち上がるための力を貸してください。

引用元:新潟の老舗遊園地「サントピアワールド」の存続に、みなさまの力を貸してください! - CAMPFIRE (キャンプファイヤー) (camp-fire.jp)

人々の心の中にあったバリュー

遊園地のミッションやビジョンなど、サントピアワールドの理念を示す資料は外部に公開されていません。しかしCAMPFIREの文章や、新潟のwebマガジン「Things」に掲載された担当職員のコメントを見ると「お客さまを笑顔にすること」「地域の人々の思い出として残ること」が大切な要素であったことがわかります。設立したばかりの頃は、近隣にない規模の遊園地として地域活性化の中心的役割を担ってきました。リニューアルの際も、磐越自動車道に長い渋滞が発生したそうです。

それが、時代の流れの中で他の代替商品・サービスにとってかわられてしまったのでしょう。新しいビジョンを見つけられないまま経営は悪化、民事再生法の適用を受け、さらに今回存続の危機を迎えることとなったわけです。

参考:危機を乗り越え、もっと笑顔と夢を届けたい!遊園地「サントピアワールド」。 | Things(シングス)|新潟のローカルなWebマガジン (things-niigata.jp)

クラウドファンディングのプロジェクトは2020(令和2)年5月27日〜同年7月30日まで募集されました。その結果なんと4497人もの支援者が現れ、42085500円の資金を集めることに成功したのです。

支援者のほとんどは地元の人、子どものころ何度も訪れた記憶を持つ人々でした。支援コメントの欄は
「新潟を離れ20年経ちますが、覚えています」
「子どものころ楽しみでした。今は自分の子どもを連れていけるのがうれしい」
「今は県外在住ですが、小さいころ遊びに行ったのが大切な思い出です」
「思い出の場所です。絶対になくなってほしくない」
「この遊園地は無くなってはいけない施設なんです」
などの声であふれています。

SWOTのフレームから読むサントピアワールドの”価値”

ここでサントピアワールドのSWOT=強み・弱み、機会・脅威について考えてみましょう。

このSWOT図はネット上で公開されている一般的な情報をもとに簡易的に作成しているので、あくまでケーススタディとしてご覧ください。
マイナス要因に比して、サントピアワールドが攻勢に転換できる強みと機会の要素はそれほど多くありません。現実的に強力な集客が見込める新たなハードがあるわけではなく、地理的条件も変えられません。黒字に転じたとは言え民事再生中でもあり、投入できる資金も多くはありませんでした。

しかし、クラウドファンディングで存続が危ぶまれることを訴えると、あっという間に拡散され支援が集まりました。コロナ禍でクラウドファンディング自体が注目されていたこと、SNSがコミュニケーション装置として定着したいたことも幸いし、40年以上地元で愛されてきた”思い出資産”の価値が急上昇していったのです。
園長や企画担当者が繰り返し強調していた「お客さまの笑顔と思い出づくり」というミッションは、長年実践されていました。それが失われてしまうかもしれない、と知らされたとき、支援者はその価値に改めて気付きました。
■その場所で自分が育ち、家族と過ごしたかけがえのない思い出
■その思いを自分の子どもの代にも受け継いでいきたいという願い
■そんな思いを持つ自分と、サントピアワールドとの強い結びつき、絆
これこそが、サントピアワールドの理念的価値:バリューの本質です。他の施設や商品・サービスでは代替しえない、サントピアワールドならではの独自の価値です。このケースではクラウドファンディングに応える支援者たちの声としてバリューが浮かび上がってきましたが、ここに希望をつないだ園長や担当者はこのことを理解していたのかもしれません。

クラウドファンディングで注目された機を逸さず、サントピアワールドは次の攻勢に打って出ます。
「来てくれないと、つぶれるよ!サントピアワールド『ぎりぎりアトラクション!』」と銘打った低予算のアイデア企画はメディアでも報道され、新たな集客への布石となりました。SNSでは次の仕掛けを期待する反応も見られ、販売施設だったスペースを活用しての室内ドローン練習場やミニ四駆コース、サバイバルゲームのフィールドとして活用するなど、運用するソフトのアイデアが次々と出されています。

参考:来てくれないと、つぶれるよ!サントピアワールド「ぎりぎりアトラクション!」|サントピアワールド株式会社のプレスリリース (prtimes.jp)

サントピアワールド “崖っぷち”遊園地のぎりぎりアトラクションとは? | NHK

バリューは、生み出すための費用や時間、知見や技術などのコストがかかります。事業を行う組織は必ずそれを持ったうえで市場に進出します。そのバリューがどのくらいのパワーを持ちうるのか、差別化のポイントになるのです。
SWOTなどの分析や組織内の人々の思想、考え方の共有を通して存分に検討し、
■ 独自性:真似でない独自の価値か
■ 非代替性:他の商品やサービスで代替できないか
■ 卓越性:市場の要求を満たし、それを超える水準に到達しているか
■ 継続性:水準を維持し、安定的に供給・再現が維持できるか
などのスクリーニングを通過できるものを見つけなくてはなりません。
サントピアワールドのケースで見られた”思い出資産”の活用は、実は昭和世代が高齢化している現在、各方面で見られます。同じ業界では西武園ゆうえんちのレトロアトラクション、やはり崖っぷちと自虐アイデアを展開する銚子電鉄など、今後さらに増えていくことでしょう。その中から次のバリューを見つけられたものが、ドラッカーのいう「社会的正当性」を獲得できるのではないでしょうか。

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ライタープロフィール

神澤 肇(カンザワ ハジメ)
リボンハーツクリエイティブ株式会社 代表取締役社長

創業40年以上の制作会社リボンハーツクリエイティブ(RHC)代表。
企業にコンテンツマーケティングを提供し始めて約15年。
数十社の大手企業オウンドメディアの企画・制作・運用を担当。
WEBを使用した企業ブランディングのプロフェッショナル。
映像業界出身で、WEB、紙媒体とクロスメディアでの施策を得意とする。
趣味はカメラとテニス、美術館巡り、JAZZ好き。

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