レセプターで洞察する!定番商品の進化 細田悦弘の企業ブランディング 〈第32回〉
ブランディング
新しい年を迎え、昨年のヒット商品や注目商品を振り返ると、新機軸もさることながら、なじみ深い商品が進化したものも目立ちます。サステナビリティ視点の『レセプター』が研ぎ澄まされていると、「定番商品」がアップデートした競争優位のポイントに気づきます。
レセプターとは
レセプター(receptor)とは受容体のことで、生物の体のなかにある伝達装置のようなものです。外界や体内からの何らかの刺激を受け取り、情報として利用できるように変換する仕組みを持った構造のことをいいます。人間の細胞はお互いにコミュニケーションを交わしており、そのためには他の細胞から発信された情報を受信する器官が必要になります。この細胞が情報を受信する器官が「レセプター」です。
日常のコミュニケーションにおいても、きちんと情報を伝えるには相手のレセプターの状態が影響します。長きにわたる友人同士でも、趣味や関心領域が互いに異なれば、少し突っ込んだ話をしてみても、相手の反応が薄かったり、あまり理解されなかったりすることは多々あります。ところが、繰り返し話題にしているうちに、相手が膝を打ってくれる瞬間が訪れることがあります。それが、聴き手のレセプターが開いた状態です。一方で、ビジネスシーンなどで同じ分野・同じ志向性の人とのやりとりなら、簡単に「そうそう!」「確かに!」とすぐに分かり合えるのではないでしょうか。互いにレセプターが開いているからです。
サステナビリティ視点のレセプターで、「定番商品の進化」をチェック
新しい年が明け、昨年のヒット商品や注目商品を振り返ると、新機軸もさることがなら、『定番商品の進化』が多く見受けらました。従来から親しまれてきた商品が時代にふさわしくアップデートしており、その主な訴求ポイントがサステナビリティ要素でした。社会性への感度の高いZ世代を中心に、サステナビリティ視点の『レセプター』を備えた人々に刺さり、これまで以上にアドバンテージを獲得したといえましょう。
☆一例をあげると下記のとおりです。
●Yakult1000/Y1000
現代の社会課題である『眠り』を重視した乳酸菌飲料が累計10億本近く売れたそうです。
ヤクルトは創業時より、それまでになかった「予防医学」「健腸長寿」という考え方に基づき、新しい価値の創造をめざしています。そのもとに、「Yakult(ヤクルト)1000」、「Y1000」が開発されました。これまでの乳酸菌により「腸」を丈夫にすることで健康になるという考え方に加え、現代特有の「ストレス・睡眠」という悩みに対する課題解決になっています。
事業を通じて「健康」という社会課題を解決することで、ヤクルト事業の持続的成長につなげています。社会的価値と経済的価値の両立です。
●無印良品「アルミ缶ドリンク」
ドリンクのペットボトルをリサイクル率が高く、循環型資源とされるアルミ缶に切り替えました。アルミ缶は水平リサイクル率(缶から缶へのリサイクル率)が他の素材に比べて圧倒的に高いことが特徴です。また、アルミ缶は透明のペットボトルに比べて遮光性が高く、炭酸ガスが抜けにくいということから、賞味期限が伸びるそうです。無印良品は、アルミ缶を採用した理由について「回収ルートが決まっている」「リサイクル率が高い」「フードロス削減」の3つを挙げています。
これまでアルミ缶で飲むのはコーヒーが主でしたので、水が入っていたりすると、一瞬『えっ?』と思った人も多かったのではないでしょうか。サステナビリティ視点のレセプターが開いている人は、すぐに「地球資源の循環化」だと納得したことでしょう。
●ラベルなし(ラベルレスボトル)コーラ
100リサイクルPETを使用したラベルレスボトルのコカ・コーラです。「コカ・コーラ」を象徴するコンツアーボトル(胴部がくびれたボトル)は、1915年に『暗闇で触っても地面で砕け散っていても、「コカ・コーラ」のボトルだと分かるもの』をコンセプトに開発されました。独創的な形状のボトルは、100年以上経つ今でも継承されています。今回のラベルレスボトルにおいても、ブランドのDNAを踏襲しながらも、「サスティナビリティー」の要素を加えて時代対応をしています。もちろん、ラベルなしのボトルにはロゴがきちんと刻まれています。サステナブル・ブランディングの好例といえます。
●ラボグロウンダイヤモンド
ラボグロウンダイヤモンド(Lab grown Diamond)は、文字通り「ラボ(研究所・工房)で育てられたダイヤモンド」で、天然ダイヤモンドと全く同じ化学組成、結晶構造、物理的特性を持った『本物のダイヤモンド』だそうです。ダイヤモンドテスターでも本物のダイヤモンドであるという鑑定結果となり、プロの鑑定士がルーペで確認しても、天然ダイヤモンドとの差異を確認することはできないとのことです。
『研究所(ラボ)で育てられた(グロウン)ダイヤモンド』ということで、限りある天然ダイヤの資源枯渇を回避するとともに、天然ダイヤモンドに関しては、紛争問題、過酷な労働環境、児童労働、採掘時の環境破壊などが広く問題視されています。ラボグロウンダイヤモンドは、人も環境も傷つけることなく生成され、天然と同様の美しさ、輝きを放ち、しかも天然ダイヤよりも安価ということです。サステナビリティ視点のレセプターのスイートスポットといえるでしょう。
●オールバーズ(Allbirds)
2016年に、再生資源の専門家であるジョーイ・ズウィリンジャー氏と元サッカー選手のティム・ブラウン氏が共同創業した米サンフランシスコ発のブランドです。「より良いものを、より良い方法で」という理念のもと、環境への配慮と快適性、高いデザイン性を両立する革新的シューズを生み出しました。
羊の育て方や環境への配慮をした認定済みのウール、植物油やサトウキビ由来のソール、靴ひもは再生ポリエステルを利用するなど、サステナビリティを重視したスニーカーやランニングシューズを世に送り出しています。
近年、Z世代やミレニアル世代を中心に「エシカルファッション」をはじめとする、サステナビリティを意識したライフスタイルへ移行する動きが注目されています。オールバーズは、こうした若者を中心に、自然由来の原料から作られたサステナブルな製品でありながら、すこぶる快適だと評判のシューズです。
とかく、サステナビリティに力点を置く企業はそれを『ウリ』にする傾向がありますが、オールバーズの場合は、まずは『抜群に心地よい靴』を追求しています。その上でサステナビリティという付加価値を加えて支持を獲得しているようです。いくらサステナブルで地球環境に貢献する製品であっても、本来の価値や魅力を訴求できなければ、卓越したブランドは成立しないことを示唆してくれています。
●PCM冷却ネックリング
地球温暖化が懸念され、猛暑が常態化する今日、『24〜28℃で凍る』という、化学の力を生かした『首にかけるリング』が手軽に暑さ対策ができると好評でした。
PCMとは、NASAのために開発された「Phase Change Material(相交換物質)」という新素材で、熱を吸収・発熱することで一定の温度を保つ性質があるということです。周囲の温度が上昇しても、一定の温度帯を維持するためひんやりとした感触をキープできるということです。
●日清の完全メシ
ジャンクな装いのバランス栄養食品で、30〜40代男性を中心に『栄養バランスを考えるのがめんどくさい人』の心をつかんだようです。オーバーカロリーによる肥満、偏った食生活による新型栄養失調など、現代人が抱える課題を解決したいという思いから開発されたということです。厚労省の「日本人の食事摂取基準」 (2020年版)で設定された33種類の栄養素をバランスよく摂取できるとのことです。
一番のこだわりは「おいしさ」とのことです。『栄養とおいしさのバランスが完全』になっていることを表現するため「完全メシ」というネーミングになったそうです。『ジャンク風のおいしいものは、カロリーが高く栄養が偏りがち』というトレードオフの通念を打破したことが勝因といえましょう。
サステナビリティは、マーケティングそのもの
このように、ヒット商品の多くは時代の襞(ひだ)に触れ、現代社会の価値観を捉えたコンセプトとなっています。したがって、今この時代においては、価値判断の大事な拠り所となっているのが「サステナビリティ」といえます。とかく世の中の要請ではあるものの、「事業を通じて社会課題を解決せよ」と言われると肩に力が入りがちですが、サステナビリティは時代が求めるプレミアムなスペックと捉えることができます。サステナビリティをビジネスで希求することは、『マーケティングそのもの』といえましょう。
時代と調和したビジネスの着想は、サステナビリティ視点のレセプターによって、気づきやインスパイアが生まれます。『周辺視野』としてぼんやり視界に入っているものが、新しい価値創出・新しい市場開拓の鍵となっていることが洞察できます。
こうしたビジネスアプローチにおいて、自社の本領である『らしさ』を発揮して、時代にふさわしい競争優位を獲得していくのが、「サステナブル・ブランディング」です。
ライタープロフィール
細田 悦弘(ホソダ エツヒロ)
公益社団法人日本マーケティング協会「サステナブル・ブランディング講座」講師 / 一般社団法人日本能率協会 主任講師
企業や大学等での講演・研修講師・コンサル・アドバイザーとしても活躍中。
サステナビリティ・ブランディング・コミュニケーション分野において豊富な経験を持ち、理論や実践手法のわかりやすい解説・指導法に定評がある。
※本文著作権は細田悦弘氏に所属します。