EXは、SXのキードライバー 細田悦弘の企業ブランディング 〈第33回〉
ブランディング
DX、GX、SX…。何やら、「アルファベット+X」が俄然目につくようになりました。ところが、それを担う従業員にまつわるEXの「X」は毛色が違うようです。人的資本に注目が集まる今、EXのアプローチは不可欠です。
SXは、『移行』ではなく『変革』
毎日のようにメディアに登場する『サステナビリティ』。新聞・テレビ等の企業広告でもよく発信されています。多くの企業は経営の中核にサステナビリティを据え、「サステナビリティ経営」を唱えています。企業の本分は人々の生活を豊かにすることといえます。サステナビリティ経営の本質は、現代において豊さを追求するために、社会(環境含む)の持続可能性を担保しながら、企業の持続的成長・中長期的な企業価値向上を図ることにあります。もはや従来の経営戦略のあり方を抜本的に見直すことが迫られ、そこで『SX』という大変革に直面しています。
SXとは、Sustainability Transformation(サステナビリティ・トランスフォーメーション)の略語です。「Transformation」が「X」に略されるのは、「Trans」という言葉の由来にあります。「trans」は、「cross」という言葉と同義であり、「交差する」という意味の「cross」は省略して『X』と書かれるため、同じ意味の「trans」も『X』で代用されるようになったとされます。したがって、GX(Green Transformation)もDX(Digital Transformation)も、『X』には同じ意味合いが込められています。企業がSXを目指すにあたって、その大きな目標の一つがGXであり、そのための卓越した手立てがDXとなります。
経済産業省「伊藤レポート3.0」によれば、「SXとは、社会のサステナビリティと企業のサステナビリティを『同期化』させていくこと、及びそのために必要な経営・事業変革(トランスフォー メーション)を指す」と定義されています。
SXは、単に企業が地球や社会に配慮する経営に『移行』するだけでなく、「社会全体の持続可能性」と、「企業の持続可能性」を同時に実現する経営へと『変革』することを意味します。そして、この 『大変革』を担うのは従業員であり、そのために重要な取り組みテーマとなるのが『EX』です。ちなみに、この『X』は上記とは毛色が違います。
SXを実現するには、ますはEX
昨今、人的資本開示の必修科目ともいえる「従業員エンゲージメント」に取り組む企業が増えています。
従業員エンゲージメントとは、『会社や仕事に対して自発的な貢献意欲のもと、主体的に取り組む状態』をいいます。これが、SXに立ち向かう従業員の必携のメンタリティといえます。そのためには『EX』が必要不可欠であり、SX実現のための原動力となります。さらに言えば、EXの充実なしでは、SXによる競争優位を獲得することは難しい時代となったといえます。
EXは、Employee Experience(エンプロイーエクスペリエンス)を指し、日本語では「従業員体験」と訳されることもあります。従業員が会社で働くことを通じて得られる経験価値です。従業員(エンプロイー)一人ひとりが心身ともに健全で、かつ社会的にも良好な状態である『ウェルビーイング』を体験(エクスペリエンス)できることで、自発的・主体的に継続して生産性向上につなげていく考え方です。
マーケティングの世界では、顧客体験のことを『CX(Customer Experience)』と称されますが、この概念を人的資本領域に適用したのがEX(エンプロイーエクスペリエンス)といえます。EXは、従業員を顧客に見立て、従業員のエンゲージメントを高め、持続的にパフォーマンスを向上させていく取り組みです。
エンプロイー・エクスペリエンスに必要な要素としては、個人の側面では「健康」「家族」「通勤」「財政面の健全さ」などがあり、企業人として重要なのが「仕事上の価値観」「職責(仕事内容)」「キャリアに対する姿勢」「心理的安全性」などがあります。とりわけ近年ではZ世代・ミレニアル世代を中心に、『社会のためになりたい』『自分を高めたい』というニーズが高揚してきており、サステナビリティに対する企業姿勢をパーパスとしてしっかりと標榜することが求められています。従業員からパーパスへの共感(自己実現と会社のめざす姿とがシンクロした状態)を得ることはエンゲージメントを強化し、モチベーションの基盤となります。EXへの取り組みは、SX実現のためのキードライバーといえましょう。キードライバーとは、目標達成度に大きな影響を与える要素のことです。人的資本経営の観点からも、EXのアプローチは必須です。
EXによるロイヤルティで、『自社らしさ』を体現する
EXの高度化によって、従業員エンゲージメントが強化されロイヤルティが醸成されます。自社に誇りをもった従業員一人ひとりが、顧客や社会のあらゆる接点において『自社らしさ(ブランドアイデンティティ)』を自発的・主体的に体現することでブランドは高まります。従業員の一挙手一投足がパーパスに根差していれば、サステナブルブランディングにつながります。
ライタープロフィール
細田 悦弘(ホソダ エツヒロ)
公益社団法人日本マーケティング協会「サステナブル・ブランディング講座」講師 / 一般社団法人日本能率協会 主任講師
企業や大学等での講演・研修講師・コンサル・アドバイザーとしても活躍中。
サステナビリティ・ブランディング・コミュニケーション分野において豊富な経験を持ち、理論や実践手法のわかりやすい解説・指導法に定評がある。
※本文著作権は細田悦弘氏に所属します。