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築地の老舗料亭に学ぶ!時代が求める企業競争力 細田悦弘の企業ブランディング 〈第46回〉

ブランディング

築地の老舗料亭の歴史

東京築地に、日本三大料亭として名高い老舗料亭があります。数ある名門料亭の中でも、特にここが有名なのは、「芥川龍之介賞・直木三十五賞」の選考会場となっていることです。今回はこの老舗料亭から、時空を超えて「選ばれ続ける企業」であるためのヒントを学びます。

この老舗料亭は日本橋茅場町で創業後、大隈重信邸跡地だった現在地に店舗を移転し、140年以上の歴史を誇ります。初代女将の姓が「伊藤さん」であったことから、首相経験者である伊藤博文も贔屓(ひいき)にしていたといわれています。当時の建物は、大正12年の関東大震災により喪失しました。現在の建物は、歌舞伎座の改修を手掛けたことで知られ、数寄屋建築を独自に近代化した設計で昭和期に活躍した建築家・吉田五十八が設計し、改修を重ねたものだそうです。そして、昭和30年頃から習慣的に芥川賞や直木賞の選考会場として使用されるようになり、昭和36年以降は全て当料亭内で開かれるようになったようです。

なぜ、芥川賞・直木賞の「選考会場」に選ばれ続けているのか

この料亭には、代々伝わる「店の初志」があります。それは、
・「支店を出さない」
・「宣伝をしない」
・「毎日が開店日(初心忘るべからず)」
・「無言のおもてなし」
の4点です。

また、口が堅いことでも定評があり、政財界人や文化人などの利用が多いことでも知られています。『口の堅さ』。これこそが、芥川賞や直木賞の選考会場に選ばれ続けている重要な要素といわれています。築地というロケーション、極上の料理、最上級のおもてなしもさることながら、「(この料亭の)高い塀の中の出来事は、一切外に漏れない」という絶大なる信頼感が決め手となっています。SNSがこれだけ普及し、生活の中に無意識に取り込まれている今日、口が堅いのは危機管理意識が高いということを意味します。企業の情報漏えいに対して、非常に過敏な現代社会において、この老舗料亭に本質的な競争力を学び取ることができます。

コーポレート・ブランドの芯

企業が持続的な発展を遂げるためには、企業理念やパーパスを明確にすべきというのは、経営学の基本といえます。理念の実現へのたゆまぬ努力とともに、それを軸として、企業を取り巻くステークホルダーとコミュニケーションを図っていくことが重要です。企業活動に対する理解を促進し、価値観が共有でき、良好な関係を構築できれば、戦略的な競争優位を築くことができます。良好な関係が構築できれば、企業の社会的評価(コーポレート・レピュテーション)は高まり、「信頼」へとつながっていきます。企業への信頼は、製品やサービスへの信頼をもたらし、価格プレミアムや継続取引、ロイヤルティ(自社へのステークホルダーからの求心力)の醸成につながります。

現代のコーポレート・ブランドの芯や背骨になるのが、「信頼」です。ブランド戦略というと、大企業を中心とした特別な能力を持った専門領域の仕事と思われがちですが、実は極めて『現場力』に依存します。最も大切なことは、この料亭で例えれば、女将を中心に、接客サービス担当(仲居さん)をはじめとするスタッフ一人ひとりが、理念や自店のブランドが目指すべき価値をしっかりと認識し、その実現は自分自身の肩にかかっているという意識を持って業務に携わることです。ブランドは、顧客や社会とのあらゆる接点(タッチポイント)で創られます。とりわけ、フロントに立つ人たちの日々の一挙手一投足の積み重ねにより築かれていきます。

「信用・信頼」は競争力

「信頼性の高い企業」の主たるご利益(ごりやく)は、以下の通りです。
・新規営業による取引先開拓の際、まったく未知の企業よりも、相手先の担当者が会ってくれる可能性が高まります。まさに『営業活動におけるシード権』です。
・昨今のような売り手市場において、優秀な人材を獲得できます。「採用ブランド」が向上します。
・社員が自社に誇りを持ち、イキイキと働くことにつながります。モチベーションの向上と優れた社員の流出を抑えることができます。
・意識の高い社員が企業理念を深く理解し、行動指針にのっとり、秀でた製品・サービスを提供することにより、業績向上に寄与します。
・株式市場において、「非財務」に対する評価を獲得でき、株価に好影響を与えます。
・金融機関の与信審査において、定量的に計測できないような「取引先などのステークホルダーからの評判」や「良き組織風土」といった財務以外の重要チェック項目において加点されます。

現代社会において、自社への信用・信頼(社会からの定性的な評価)は、「見えない資産(intangibles)」であり、時代が求める企業競争力といえます。

ライタープロフィール

細田 悦弘(ホソダ エツヒロ)

公益社団法人日本マーケティング協会「サステナブル・ブランディング講座」講師 / 一般社団法人日本能率協会 主任講師
企業や大学等での講演・研修講師・コンサル・アドバイザーとしても活躍中。
サステナビリティ・ブランディング・コミュニケーション分野において豊富な経験を持ち、理論や実践手法のわかりやすい解説・指導法に定評がある。
※本文著作権は細田悦弘氏に所属します。

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